侵Q55

中国において、当社の中国特許を侵害していると、製品を製造している中国企業に警告状を送付したところ、中国企業から「貴社中国特許権は無効であるので、侵害しない」と回答してきました。今後の対応策を教えてください。

質問

当社は、当社の中国の特許発明(専利発明)を使って、簡易体温計を製造している中国企業Y1に対して警告状を送付しました。すると中国企業Y1は、「貴社中国特許権(専利権)は公知の文献の発明と同じであるため無効である」と公知文献を添付して回答してきました。今後の有効な対応策を教えてください。

※ 本QAは、相談事例QA集掲載の「侵Q1」に関連しています。「侵Q1」は、相談者(質問中の当社)が中国製簡易体温計を販売している米国企業に対して、米国特許権に基づいて警告したケースですが、本QAは、その後、同相談者が中国特許権に基づいて中国企業に対しても警告したケースを取り扱っています。警告に対して中国企業から無効の反論があったとの想定で、以下の通り回答しています。
回答

1.公知文献による無効の可能性の検討

貴社特許が中国企業Y1から提示された公知文献で無効になる可能性があるかを検討します。中国企業Y1は、新規性違反を無効理由として反論しているようですが、拡大された先願と同一の違反、進歩性違反についても検討しましょう。
 最初に、貴社の中国特許出願の出願日(優先日)と、公知文献の公知日とを確認してください。

  • (1)中国特許出願の出願日(優先日)が2009年9月30日より前である場合、旧特許法(専利法)第22条が適用されます。
  • ①新規性について
    公知文献の公開日が貴社の特許出願日よりも前である場合、中国以外の外国の文献資料も公知文献となり、公知文献に記載された発明が貴社の特許発明と同一か否かを検討します。公知文献の発明と貴社の特許発明とが同一であれば新規性がありません。
    ②拡大された先願について
    公知文献が中国公開公報(特許及び実用新案)で、貴社の特許出願日より前に出願され貴社の出願後に公開された文献である場合、他人の中国公開公報に記載された発明と貴社の特許発明とが同一か否かを検討します。日本特許法第29条の2(拡大された先願)と同様に、公知文献が貴社自身の中国公開公報であれば、貴社の中国公開公報の発明と貴社の特許発明とが同一であっても旧特許法第22条は適用されず、無効理由に該当しません。
    進歩性
    公知文献の公開日が貴社の特許出願日よりも前である場合、他の公知資料又は公然と実施された発明(例えば公開実験など)との組み合わせも検討しましょう。しかし、公然と実施された発明は、中国国内しか検討する必要はありません。
  • (2)中国特許出願の出願日(優先日)が2009年10月1日以降である場合、新特許法第22条が適用されます。
  • ①新規性について
    公知文献の公開日が貴社の特許出願日よりも前である場合、中国以外の外国の文献資料も公知文献となり、公知文献に記載された発明が貴社の特許発明と同一か否かを検討します。旧特許法第22条と同様です。公知文献の発明と貴社の特許発明とが同一であれば新規性がありません。
    ②拡大された先願について
    公知文献が中国公開公報(特許及び実用新案)で、貴社の特許出願日より前に貴社の出願後に公開された文献である場合、他人だけでなく貴社自身の中国公開公報に記載された発明と貴社の特許発明とが同一か否かを検討します。欧州特許法第54条(3)と同様なセルフ・コリジョン(self collision)も考慮しなければなりません。貴社の中国公開公報の発明と貴社の特許発明とが同一であると、無効理由を有することになります。
    進歩性
    公知文献の公開日が貴社の特許出願日よりも前である場合、他の公知資料又は公然と実施された発明(例えば公開実験など)との組み合わせも検討しましょう。そして、公然と実施された発明は、中国以外の外国の公知公用も検討する必要があります。
  • (3)小括
  • 新規性、拡大された先願及び進歩性 の判断は専門的なことですので、現地専門家と相談してください。貴社の特許請求の範囲を訂正すれば無効理由が解消できる場合であっても、次の項目2を検討しなければなりません。
     なお、中国では、”補正”と”訂正”を区別せずに単に補正として規定されています。この回答では日本特許法にあわせて特許後の請求の範囲の修正を「訂正」として説明します。

2.日本特許法の訂正審判に相当する制度は無い

  • (1) 中国には、日本の訂正審判に相当する制度が存在しません。このため、特許権者による自発的な訂正はできません。
     しかしながら、無効宣告請求(日本の無効審判に相当)の審査過程において、特許権者は、権利要求書(日本の特許請求の範囲に相当する)を訂正できます(細則第69条)。明細書と図面の訂正は認められません(細則第69条)。
     中国企業Y1が無効審判請求をしてきた場合に、以下の範囲及び方法で訂正ができます。
  • (2)特許請求の範囲の訂正範囲についての制限
     特許請求の範囲の訂正範囲について制限があります(専利審査指南(日本の審査・審判基準に相当)第四部分第三章4.6.1)。
    • ① 原請求項の主題の名称(発明の名称に相当)を変更してはならない
    • ② 保護範囲の拡大禁止
    • ③ 明細書・権利要求書の記載範囲を超えてはならない
    • ④ 新規な技術的特徴の追加禁止
  • 特許請求の範囲の訂正範囲についての制限は、日本の訂正請求の制限(日本特許法第126条第1項第1号等)と同様に考えて良いと思います。しかし、訂正の方法にも制限があります。

  • (3)特許請求の範囲の訂正の方法についての制限
  • 特許請求の範囲についての訂正の方式は、以下のものに限られています(専利審査指南第四部分第三章4.6.22)。

    • ① 請求項の削除
    • ② 請求項の併合
    • ③ 技術方案(註1)の削除(同一の請求項中の二以上の並列関係にある技術方案から1種又は1種以上の技術方案を削除すること)

    特許請求の範囲の訂正の方式は限られています。①請求項の削除とは、一又は複数の請求項を取り除くことです。②請求項の併合とは、同一の独立請求項に従属する2つあるいはそれ以上の請求項を併合することです。③技術方案の削除とは、いわゆるマーカッシュ・クレーム(例えば、「A、B、C、Dの物質からなる群より選ばれた一の物質」のように複数の選択肢の中から一つ以上を選択するように規定した請求項)の1以上の技術方案から1あるいはそれ以上の技術方案を削除することです。このように、訂正できる方法は限られており、明細書のみにしか記載がない文言を請求項に追加すること、又は従属項の文言の一部を抜き出して独立項に追加することができないことに留意してください。
     また、訂正が複数の請求項にわたる場合、訂正の許否判断は一体的(不可分)に判断されます。例えば請求項1及び請求項3を訂正した場合に、請求項1の訂正は認めるが請求項3の訂正は認めないという判断はされません。請求項1及び請求項3の訂正が両方共認められる必要があります。仮に、請求項1の訂正は認めるが請求項3の訂正は認めないと判断された場合には、審判合議体が、審理の途中で訂正の要件を満たしていない点を特許権者に指摘し、特許権者は、その指摘に合致する新たな請求の範囲(請求項3をさらに訂正)を提出することができます。

  • (4)小括
  • 貴社の特許請求の範囲を訂正すれば無効理由が解消できる場合であっても、無効審判の中で上述のような訂正要件が課せられています。このような訂正要件を満たす形で訂正した特許発明が、中国企業Y1の簡易体温計を侵害するかをご検討ください。

3.総括

(1)今後の対応策
中国企業Y1の無効の主張に根拠が無いようであれば、法的な措置やライセンス交渉などをご検討ください。また、請求の範囲が無効理由を有していても、中国企業Y1の簡易体温計が、訂正要件を満たした訂正請求項で権利侵害していると言えるのであれば、法的な措置やライセンス交渉を進めてもよいと思います。
 一方、訂正要件を満たした訂正請求項では権利侵害を主張できない、又は特許発明がそもそも無効理由を有しているのであれば、中国企業Y1の主張を認め、別の貴社特許で権利侵害を主張できないか等、新たな手段をご検討ください。
(2)中国特許出願時のクレーム作成について
上述のように、中国における訂正要件は日本の訂正要件と異なり、明細書のみにしか記載がない文言を請求項に追加すること、又は従属項の文言の一部を抜き出して独立項に追加することができません。この点を考慮しますと、中国特許出願時に請求の範囲を作成する段階では、従属項を階層的に準備することが望ましいと言えます。
 なお、中国特許出願時に請求数が10項を超えると特許庁への追加料金(及び代理人費用)が増えます。しかし、現行の中国のプラクティスでは、出願後に請求数が10項を超えても、特許庁へ追加料金を支払う必要はありません。日本特許法では、複数従属形式の請求項を複数従属形式で従属(マルチのマルチクレーム)させることができます。しかし、中国ではマルチのマルチクレームは認められていません。このような場合、「マルチのマルチクレーム」のまま10項以下で中国特許出願し、審査請求時又は拒絶理由応答時に「マルチのマルチクレーム」を分解する請求の範囲の補正を行えば、10項以上になっても追加料金を支払う必要はありません。
(3)専利審査指南第四部分第三章4.6.22の改正又は緩和
専利審査指南第四部分第三章4.6.22が3つの訂正の方式しか認めていないことに対して、最高人民法院が請求項の削除、併合、または、技術方案の削除以外の訂正を認めた裁定(註2)があります。特許権者が請求項の削除、併合、または、技術方案の削除以外の形式により請求項の訂正を試みました。復審委員会(日本の審判制度)及び北京市第一中級人民法院は当該訂正を認めませんでしたが、北京市高級人民法院及び最高人民法院はこの3つに限るのは不当であるとして、特許権者の訂正を認める裁定をしました。このため、将来、専利審査指南第四部分第三章4.6.22の改正又は緩和がなされると思われます。
参考情報
  • (註1) 技術方案とは、審査指南第一部分第二章6.3で次のように定義されています。「専利法第2条第3項にいう技術方案とは、解決しようとする技術的問題について採用する自然法則を生かした技術的手段の集合を指す。」
  • (註2) 最高人民法院2011年10月8日裁定 (2011)知行字第17号
関連QA
  • 侵Q1  中国製品を販売している米国企業が、当社の特許権の侵害を認めず、平行線の状態にあります。今後の打開策を教えてください。

本QAは特許庁委託事業「外国産業財産権侵害対策等支援事業」において作成されたものです。
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