侵Q31

私はメーカに特許権を売り込んだのですが、そのメーカは特許権の特許出願時に実施事業の準備をしていたという理由で売り込みを断ってきました。現在、そのメーカは特許発明の技術的範囲に属する製品を製造販売しています。メーカXの行為は特許権侵害にならないのでしょうか。

質問

私は、炊飯器の温度設定に関する特許権を有しています。約1年前にメーカXに試作品を持って特許権を売り込みました。しかし2週間後に、メーカXは温度設定に関する技術をその特許権の特許出願時にすでに実施事業の準備をしていた、という理由で売り込みを断ってきました。現在、メーカXは特許発明の技術的範囲に属する温度設定付きの炊飯器を製造販売しています。メーカXの行為は、特許権の侵害にならないのでしょうか。

回答

1.先使用権について

  • (1)特許出願時以前から、独立して同一内容の発明を完成させ、且つその発明の実施である事業をし又はその実施事業の準備をしていた者(先使用権者)は、法律の定める一定の範囲で特許権を無償で実施し事業を継続できる通常実施権を有します(特許法第79条)。先願主義の立場を完全に徹底させると、先願者の特許出願時以前から独立して同一内容の発明を完成させ、さらに、その発明の実施である事業をし又はその実施事業の準備をしていた者についても、特許権に服することになり、公平に反すると考えられるからです。
  • (2)特許法第79条は以下のように規定されています。
    「特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。」
  • (3)特許法第79条に規定する先使用権に関して、特許庁から“先使用権制度の円滑な活用に向けて”(註1)というガイドラインが出ています。このガイドラインには特許法第79条の要件を立証するためにはどのような証拠をどの程度、どのように残せばよいかについて記載されています。貴殿は、このガイドラインに沿った証拠等をメーカXが提出しているか否かの観点から、このガイドラインを活用してみてください。
  • (4)さて、「温度設定に関する技術をその特許権の特許出願時にすでに実施事業の準備をしていた」と、メーカXは先使用権を主張しています。メーカXの実施行為が特許権侵害にならないか否かは、メーカXが先使用権のすべての要件を立証できるか否かに関わってきます。

2.先使用権が認められるための要件

メーカXが先使用権の要件を満たしているか条文を分説して検討してみましょう。

  • (1)「特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、」とは、貴殿の特許出願に係る発明を知らないで、メーカXがその発明を完成させているかということになります。メーカXの発明者が①研究開発し、②発明を完成させたことを立証する証拠によって判断されます。以下の(3)及び(4)に関連する書面等で、判断できると思われます。
  • (2)また先使用権が認められるためには、「特許出願の際」発明の実施である事業又はその事業の準備をしていることが必要とされています。「特許出願の際」とは、通常の特許出願では、その特許出願の時です。厳密には時間までが問題となりますが、裁判例では出願日で判断している例が多いです。国内優先権主張を伴う出願、パリ優先権主張を伴う出願、PCT出願、分割出願などの場合は、その発明についての最先の特許出願の時です。
  • (3)「その発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備している者」に関して、メーカXは実施事業の準備をしていたと回答しています。そこで、本当に発明の実施事業の準備を行っていたかを確認しましょう。一般に事業が開始されるまでには、①研究開発が行われ、②発明が完成し、③実施事業の準備をします。メーカXが②発明を完成していても③実施事業の準備をしていなければ、先使用権を有していません。
  • (4)どのようなことが「事業の準備」に該当するかについては最高裁で判示されています(註2)。この判例では、「特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が、その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味すると解するのが相当である」と判示されています。つまり、発明完成後に、その事業の実施を現に目指しており、しかも、その意図が内心にあるだけではなく、人が客観的に認識できる態様がある場合をいうことになります。このため、メーカXは実施事業の準備をしていることを日付が確定できる書面等で証明する必要がありますので、貴殿は日付が確定できるような書面等をメーカXが提出できるか確認しましょう。日付を確定するための書面等としては、上記ガイドライン(1.(2))で例示されているような、「研究ノート」、「製品仕様書」、「見積書」又は「注文書」等があります。また、実際の証明においては公証役場の確定日付を取った文書も用いられることがあります。これらの証拠で、実施事業の準備といえるか否かについては、裁判例などの専門的知識が必要ですので、専門家(弁護士、弁理士等)に相談するとよいでしょう。
  • (5)上記要件を満たしていても、メーカXは「その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内」でしか、先使用権を有しません。仮にメーカXが、温度設定に関する技術を電気ポットに実施する事業準備を進めていた資料を提出してきたならば、メーカXは炊飯器について先使用権を主張できないと考えられます。メーカXの実施事業の準備は電気ポットであり現在メーカXが製造販売等している炊飯器ではないからです。先使用権の範囲は、先使用権者が特許出願当時に現に実施していた事業以外にこれを及ぼすべきでないと考えられるからです。
  • (6)なお、メーカXが①研究開発をし、②発明を完成させ、③実施事業の準備をしていなくても、先使用権を有する場合があります。メーカXが、別の会社の炊飯器の事業を受け継ぎ、その別の会社で温度設定に関する発明を完成させ実施事業を準備していた資料を提出してきたならば、メーカXは先使用権を主張できると考えられます。実施の事業が移転される場合、先使用による通常実施権も実施の事業とともに移転できるからです(特許法第94条)。

3.まとめ

メーカXが先使用権のすべての要件を満たしていることを立証できる証拠を提出してこなければ、メーカXの行為は特許権の侵害になる可能性があります。専門家とともに、メーカXから得た証拠に基づいて、メーカXが先使用権を有しているか否かを検討しましょう。

参考情報

本QAは特許庁委託事業「外国産業財産権侵害対策等支援事業」において作成されたものです。
事業内容等は本事業サイト(http://www.jpo.go.jp/index/kokusai_doukou/iprsupport/index.html)をご確認下さい。